鋼の哲学者が鍛える、
究極の美剣
岡山県
TOMIOKA YOSHIMASA
伝統を継ぎ、常識を超える。
誰も踏み入れぬ領域に挑み続ける刀匠・冨岡慶正が鍛えるのは、
心を震わせる“生きた芸術”。
2006年に東京造形大学を卒業後、デザイナーとして造形や構成に関する経験を積む。
2014年に無鑑査刀匠・松葉國正師へ入門し、鍛刀技術を基礎から学んだ。
2019年に刀匠資格を取得し、翌2020年に故郷の岡山県総社市で鍛刀場を開業した。
同年、現代刀職展で新人賞と優秀賞を受賞し、以降も各種展覧会で実績を重ねている。
若手刀匠として評価を高めており、大太刀など大型刀剣の制作にも積極的に取り組んでいる。
作刀技術の研鑽に加えて、日本刀文化の継承に向けた取り組みも積極的に行い、次世代へつなぐ活動にも力を入れている。
東京造形大学で視覚伝達を学び、卒業後は約9年間にわたりウェブデザイナーとして活躍。だが30歳の節目に、幼少から胸に宿していた刀鍛冶への憧れが蘇る。無鑑査刀匠・松葉國正の下で修行を重ね、現在は岡山県総社市に鍛刀場を構えて作刀の日々を送る。情報と造形美の世界で培った感性が、鉄という素材に独自の哲学を刻み込む。異端とも言える経歴は、彼にしか成し得ない作刀の原点だ。
慶正が挑み続けるのは、刃長3尺(約90cm)を超える大太刀や長巻といった大型の刀剣。作刀から焼き入れ、研磨に至るまで高い技術と集中力が求められ、他の刀匠が敬遠する領域だ。しかし彼は、「誰もやらないからこそ、自分がやる意味がある」と語る。かつて南北朝の戦乱期に鍛えられた雄大な姿を、現代の美意識で再解釈するその試みは、挑戦であり、伝統との対話でもある。
慶正の刀に浮かぶ互の目丁子は、波が寄せては返すように柔らかくうねり、高低差がリズムを生む。その刃文は単なる技術ではなく、一本一本に込められた精神の軌跡。地鉄の奥深い光沢と交錯することで、無言の詩のように語りかけてくる。伝統をなぞるのではなく、理解し、再構築し、自らの思想を込めて現代へと昇華させる――そこに慶正の作刀の真髄がある。
「持つ人が元気になれるような刀を作りたい」。慶正はそう語る。一振りの刀が、持ち主の内面に灯をともすような存在であってほしいという願いが、彼のすべての作業に通底している。美しいだけではなく、見るたびに背筋が伸び、心が静かに昂ぶるような刃を鍛えたい。彼の刀は、内なる強さと希望を呼び覚ます“個人の象徴”である。
慶正の刀には、見る者の意識を変える力がある。繊細さと迫力、静寂と緊張、美と力――相反する要素がひとつの造形に凝縮され、置かれた空間そのものの秩序を再構成する。ギャラリー、書斎、邸宅、どこにあってもその場を支配する静かな存在感。それは伝統工芸品ではなく、所有者の審美眼と思想を映し出す“生きたアート”だ。
慶正の一振りは、時間と情熱を纏った唯一無二の芸術品である。所有するということは、その美を選び抜く覚悟と、職人の哲学に共鳴する心を持つということ。美を知る者にこそふさわしい、静かなる力の象徴である。